久留米の文字採集

福岡県久留米市にある老舗メーカーの専用書体を設計するために、市内を巡りレタリングを採集しています。久留米市は人口30万人を超える福岡県第三の中核都市であり、明治から昭和にかけて産業都市として県南部の筑後地域で発展してきた歴史があります。こうした背景から街の建物や看板には味わい深い文字が今も数多く残されており、それらは現代の視点から見ると実に新鮮で、自由な感性が表れた示唆に富む形をしています。その姿は郷愁を感じさせるどころか、むしろどこか未来的です。保守的な書体設計の世界にもまだ多くの可能性が残されていることを、無名の書き手たちが教えてくれます。
 しかしこうした市井の文字は、建築物などに比べるとその文化的な価値が見過ごされてしまいがちです。情報伝達の媒介である文字は黒衣のように目立たない存在ですが、その造形によって様々なメッセージを話し手に代わって伝えることが出来ます。多様な価値観の文字伝達が求められる現代において、逆説的ですがそのためのヒントは過去にも散らばっているように思います。


阿蘇の野焼き

熊本県阿蘇郡南小国町で飲食店の計画を進めています。このプロジェクトのリサーチの一環として、3月初旬に地元で毎年行われている野焼きに参加しました。阿蘇地方の野焼きといえば数百年もの歴史があるこの季節の伝統行事です。野焼きは牛や馬の放牧地として草原を維持する目的のほか、刈り取られた草は飼料や堆肥となり、さらには茅葺き屋根の材料にも利用されるなど、この地域の暮らしと密接に関わり受け継がれてきたといわれます。
 この日は地元の方の安全指導のもとで参加しましたが、バチバチという音を立て瞬く間に激しく燃え広がる炎を前にすると、この行事が命がけの仕事でもあることがすぐに分かります。冬の寒さが残る山中に鼻を刺す煙がたちこめ、時折炎の熱さを半身に受けながら、ゆっくりとその行方を見守り消火作業を行っていきました。
 野焼きが終わると、黄色い枯れ草で覆われていた辺り一面は、黒々とした壮大な風景へと一変します。山頂に戻り身体を休めながら細々と煙が立つ山肌を眺め、不思議と自分自身もリセットされたように晴々とした気持ちになりました。日本各地では初春に行われる様々な火祭りが存在しますが、この野焼きもまた、阿蘇の人々にとっては春を迎えるための一種の祭りと言えるのかもしれません。
 はるか昔から脈々と続く野焼きも、近年は担い手が減りその規模が徐々に縮小されているといいます。野焼きは自然を守るだけでなく、それを行う人間の心も豊かにしてきたのではないでしょうか。阿蘇の大地と人々が紡いできたこの文化がいつまでも続くことを願わずにはいられません。